何があったの?

突然消えて、7年間になにがあったの?
昔のうぉあてっどを知っている方へ
 さて、日本に帰国して半年が過ぎました。
 そろそろ落ち着いてきたのと、昔のうぉあてっどを知っている方がチラホラ見えたみたいなので、この7年間に何があったのか語りたいと思います。
 まぁあまり面白くない話なので、興味が無い方はサクっとスルーしてください。
 
 
 
   
 
 さて、どこから語ったものですかね。
 昔のうぉあてっどを知っている方で、今のうぉあてっどを見るとあれ? と思う方がいるかもしれません。
 
 ここは最初はPBMの交流サイトから始まって、テキストサイトになり、そこから絵日記を始めて、それがメインとなりました。
 が、まぁそれだけでもそこそこ見てくれていましたけど、それ以外にも楽しみにされていた事がありました。
 そうです、私のとなりには、ちょっと乱暴だけど、優しく、私を一番理解してくれる人が居ました。
 その人との絡みを楽しみにされていた方も結構居たみたいです。
 ちょっとえろい事をしてはタウンページで殴られたり、人目を憚りもせず、のろけてみたり。
 私にとって世界で一番大切な人でした。
 
 7年前の5月。
 私にとって世界は終わりました。
 その大切な人が、この世から一足早く、私よりも早く、消えてしまいました。
 人はそれを事故だと言います。 だけど私にとってそれは人殺し以外の何者でもありません。
 この国はそんな人をたった4年間監禁するだけでいいよと決めました。
 人間なんて、暑さを過ぎれば自分にとって都合の悪い辛いことは忘れます。
 この人も社会に戻りましたが、民事で約束した支払いは二回しかありませんでした。
 まぁ戻ってきても、帰るべき家も家族も居ないのですから、反省の支払いなぞする訳ないと思っていました。
   そんな物ですよ、人間の反省の心なんて。
 


 それが決まるまでの十ヶ月、私は暴走しないように閉じ込められていました。
 その当時はそれを行った人達を恨みました。 多分自由になっていたら、まぁ同じような事をしていたでしょう。
 反省の情がある、まだ若い。 そんな訳の分からん理由で軽くなるこの国に完全に絶望した私は、それが決まった時に処分できる物は処分して、何も言わずこの国から出て行きました。
 後から連絡しましたが、その当時は家族にすら連絡を取りませんでした。
 
 
 海外を放浪していた理由は、まぁ死地を求めていたんでしょうね。
 ワザワザ、危ない地域を選んで渡航していまいた。
 その途中に某NGOの人と出会って、そこで活動することにしました。 それだけ見ると、偉いじゃんとか思われるかも知れませんが、理由は最低です。
 私よりも不幸な人を見たい。
 そんな思いで、危険地帯、戦場、テロ、災害現場を回りました。
 そこで何度も死にかけて、何人も倒れた人を見ました。
 そして、私よりも遙かに不幸な目に合っているのに、私よりも数十倍前向きな人達と出会いました。
 それで変わったなんて言えません。
 そんなこんなで6年近く、海外で生活をしていました。
 
 
 
 今年に入って、どこかで気持ちが吹っ切れたんでしょうね、一度日本に帰って墓参りをしようと思いたち帰国しました。ちょうどプロジェクトも終わってキリがよかったですからね。
 そこで家族に捕獲されて、そのまま日本に居ることになった。
 これが、ざっと流しながらですが、起こった事です。
 ネットに繋ぐ事を海外に居たときは極力しませんでしたからね、繋いでも日本のサイトはまったく見ませんでした。
 よって、ネットの世界がどうなっているのか全く知りませんでした。  そんな状態で再びサイトを立ち上げたのは、なんでしょうね、未練でしょうか、寂しかったのでしょうか。
 何人にかメールを送りました。 そのほぼ全てが、普通にお帰りなさいと返事が帰ってきた時には、本当に嬉しかったです。
 7年だよ? しかも何も言わず消えた人だよ? なんでそんなに皆さん優しいのさ?
 罵詈雑言を受けても仕方ないよ。
 
 
 私には、もう半身はいません。
 だけど、逃げる事はもうしないですよ。
 
 そして、当時心配してくださった方。
 本当に申し訳ありませんでした。
 やはりちゃんと連絡だけはするべきでした。
 
 
 「ひなちゃん、明日も一緒にがんばろうね」
 これが、私の一番大切な人が最後に残した言葉です。
 
 
 明日から逃げてはダメなんです。 たとえ一緒ではないとしても。
 
 
 この言葉を胸に再び私は生きていこうと思います。
 
 
 そして、ここを見てくれた方。
 今後もまぁ微妙なサイトですが、よろしくお願い致します。


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